2026年5月19日

【ファンタジー完結】チェンソーマン Reze編 -藤本 タツキ希のファンタジー小説マキマとデンジの架空の楽園

 

 

【ファンタジー完結】チェンソーマン Reze編 -藤本 タツキ希のファンタジー小説マキマとデンジの架空の楽園

第1章:カフェと消えた傘

芸術的なカフェの空気はどこか淀んでいた。エアコンの低周波の音は、まるで耳元で何か大きな節足動物が絶えず這っているかのようだった。窓の外では、その日の午後、土砂降りの雨が東京を通り過ぎたばかりだった。アスファルトは眩しい陽光を反射し、立ち上る湯気が通りをぼんやりとした夢のように照らしていた。

窓際の丸い木のテーブルに腰掛けていた。その体はまるで古いゼンマイ仕掛けのおもちゃのように硬直していた。冷めたラテを両手でぎゅっと握りしめ、縁の周りの乾いた茶色い輪は、彼の乾いた生気のない気分を映し出していた。彼の心の中では、無声映画が再生されていた。雨の中を走るライセ、祭りでの彼女の鼻にかかった笑い声、そして壇上での彼女の最後のキス――嘘に満ちながらも、紛れもなく真実のキス。

強く掴まれているような感覚だった。デンジにとって「失恋」の重さを味わったのは初めてだった。チェーンソーで切り裂かれるような直接的な痛みではなく、ゆっくりと剥がれていくような、息苦しい感覚だった。ポケットの中の、くしゃくしゃになった喫茶店のポイントカードを握りしめていた。それは彼とあの少女を繋ぐ唯一の絆であり、「現状から抜け出す」ための最後の勇気だった。

その時、しっとりとしたウッディな香りと、ほのかに洗練された石鹸の香りが混ざり合った、冷たく爽やかな香りが、彼の記憶との繋がりを強烈に断ち切った。その香りはあまりにも馴染み深く、紛れもない圧倒的な力を持っていた。

「デンジ君、一人で何か悩んでるの?」

その声は優雅で穏やかで、滑らかな水面に落ちる氷の結晶のようだった。デンジふと顔を上げると、目の前にマキマが立っていた。彼女は皺一つないプレスのかかった白いシャツを着ており、長く薄い赤毛は背中に垂らした三つ編みにきちんとまとめられていた。円が重なり合った淡い黄色の瞳は、デンジの心の中を透視し、彼の卑劣な葛藤を見透かしているかのようだった。

マキマは許可も求めず、自然と彼の向かいに座った。細く白い指を伸ばし、まるで雑然としたものを片付けるように、レズビアンと苦悩の象徴であるデンジの前のラテをテーブルの隅へとそっと押しやり、すっきりとした空間を作った。

「いろいろ辛いことがあったのに、こんな暗い場所にいても気持ちは晴れないわよ」マキマは少し身を乗り出した。その瞳はまるでこの世の罪を許すかのように優しく、声には不思議な魔力が宿っていた。「ねえ、デンジくん、旅行に行かない?」

「旅…旅?」デンジの脳は一瞬で凍りついた。

「ええ、二人だけで」マキマは首を傾げ、抑えきれない笑みを浮かべた。「ビーチか、もっと遠くて静かな場所へ行きましょう。一緒に日の出を眺め、地元の新鮮な食材を一緒に食べて、夜は…ずっと一緒にいられる。そこなら殺し合いも、悪魔も、そして人を悲しませるような『重荷』もないわ」

彼女は意図的に雷傑の名前を省き、その少女の存在を直接的に「重荷」と分類した。

「私たち二人だけ?」淀は胸が張り裂けるような思いでその質問を繰り返した。

マキマが「二人で」「ずっと一緒に」と口にした瞬間、デンジの脳裏に浮かんだレイジュの顔が激しく歪み、薄れ始めた。雨も、約束も、初めて胸がときめいた痛みも、マキマの神聖な誘いの下では、すべてが取るに足らない、愚かなものに思えた。マキマの優しさはまるで高濃度のモルヒネのように、デンジの痛覚を瞬時に麻痺させた。

「行く?」マキマは手を伸ばし、指先でデンジの手を優しく覆った。彼女の体温は平熱よりわずかに低かったが、デンジの大脳皮質に電撃が走り、残っていた理性とためらいを粉砕した。

「行くよ!行くよ!」デンジ興奮のあまり椅子をひっくり返しそうになった。彼の目は再び、マキマへの熱狂的で忠実な崇拝で輝いていた。「マキマさんが行くって言うなら、どこへでも行くよ!旅行だ!ふふふ…二人だけの旅行… 」

赤毛の女の後を追おうと、急に立ち上がった。あまりの動きに、ポケットに入れていたくしゃくしゃになったポイントカード――雷傑が置いていったチケット、彼女が連れて行ってくれると約束したチケット――が地面に落ち、テーブルの下の埃の中に静かに横たわった。

淀は振り返ることさえせず、店から闊歩し、後ずさりするマキマの姿を追いかけた。彼の目には、世界が一色に染まっていた。

窓の外では、止んでいた雨が再びまばらに降り始め、持ち主のいない古い傘を叩きつけた。そして、この息苦しい「忘却」の中で、デンジの幸福が正式に始まった。

(...つづく...)

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